• ホーム > ゴルフの基本 > 日本人コース設計家の元祖!上田治ってどんな人?手がけたコースは?

thum takehiko0626

thum takehiko0626

日本人コース設計家の元祖!上田治ってどんな人?手がけたコースは?

ゴルフコース設計者のパイオニアとして活躍した上田治氏は水泳の選手としても有名でした。大学で造園学を学び、欧米の名門コースを勉強して50以上のゴルフコースの設計に携わりました。日本のゴルフ創世記を代表する方です。

2016-11-20 03:03:58

上田治のキャリア

thum golf5884

日本のゴルフコース設計の歴史を語る上で上田氏をはずすことはできません。

上田氏は日本のゴルフコース設計のパイオニアとして活躍した方です。1907年に大阪で生まれた上田氏は、最初は水泳の選手として活躍しました。国際的な大会でも日本代表として出場、当時の日本記録を樹立しています。ベルリンオリンピックの際は水泳団のコーチとしても参加した経緯があります。

水泳選手として注目を集めていた方ですが、並行して学問の知識も身につけており、京都帝国大学の農学部で林学や造園学の勉強もしていました。

ゴルフコース設計のきっかけになったのはチャールズ・ヒュー・アリソン氏が日本に訪れたのがきっかけになります。アリソン氏は日本で初めてゴルフコース設計を手がけた方で、その際の助手として上田氏が参加したのがきっかけになっています。

ゴルフコース設計のきっかけ

thum aikumi.loulou

往年のゴルフコース設計に携わった方のキャリアを見てみると大学で造園学の勉強をしている方が多いです。

英国でも造園学を学んでからゴルフコース設計の道に進んだ方の話を聞きますし、上田氏も同じように造園学を勉強していました。アリソン氏の助手としてゴルフコース設計のキャリアをスタートした上田氏ですが、大きな影響を与えたのが9ヶ月間の欧米でのゴルフコースの視察です。

欧米の名コースと言われているゴルフコースを視察したことでゴルフコースの設計に対する考え方に大きな影響を与えています。帰国してすぐにコース設計をしたのが大阪ゴルフクラブになります。

当時は、ゴルフは海外のスポーツであり、日本では馴染みの少ないスポーツでした。そんな中で海外での生活や仕事の経験がある方が中心となって日本のゴルフ文化を築いてきた歴史があります。

上田氏も、同じように海外で勉強をして、その経験を使って日本のゴルフコース設計のパイオニアになっていきました。

上田治と井上誠一

thum koji826t

日本のゴルフコース設計者のパイオニアには上田氏と井上氏がいます。

どちらも大きな功績を残してきたのですが、ゴルフコースの設計を比較する際に、どちらの名前も登場します。2人とも同世代で、同じ時期にゴルフコースの設計に携わってきました。

井上氏は東京生まれで上田氏は大阪生まれで、どちらもアリソン氏が日本でゴルフコース設計をした際に助手として参加したのがキャリアのスタートになっています。

同じような経歴を持っていて、東京と大阪の出身なので設計も比較されやすいです。よく言われるフレーズに「柔の井上、剛の上田」と言われます。

井上氏はコースを設計する際に、すでにある地形を活かしたり、自然の景観をキープした状態で設計をしますが、上田氏は削った砂地を別の場所で山地にするようなダイナミックな設計になっています。

もともと関西地区が高低差がある地形ではあるのですが、上田氏は高低差があるダイナミックさが特徴になっています。

上田治が設計したゴルフコース

thum kyokm

上田氏が設計したゴルフコースは今でもラウンドをプレーすることができます。

歴史のあるゴルフコースもあるので、敷居が高い場所もありますが、一度はプレーしてみたい場所です。関西地区で活躍した方なので、設計したゴルフコースも関西が多いです。大阪ゴルフクラブ、宇治カントリークラブ、飛鳥カントリー倶楽部、兵庫県のよみうりカントリークラブなど50以上のコースを設計しています。

上田氏がデザインしたゴルフコースをプレーしたいのであれば、福岡にある門司ゴルフ倶楽部で一度はプレーしてみたいです。

門司ゴルフ倶楽部は上田氏が始めて設計したゴルフコースで昭和9年に開場した歴史のあるゴルフコースです。大きなコブが特徴のアリソンバンカーや大きく山になっている砲台グリーンなど、上田氏の特徴が現れているコースデザインになっています。

All contents © copyright 2015 Golf Plus All rights reserved.

ページトップへ戻る