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半世紀以上の歴史を持つ!相模原ゴルフ倶楽部ってどんなコース?歴史は?

相模原ゴルフ倶楽部は戦後のゴルフブーム中で誕生した半世紀以上も歴史のあるゴルフ倶楽部です。設立には高石眞五郎氏が参加しており戦後のゴルフブームを支えてきたゴルフ場の一つです。歴史のあるゴルフ場なので神奈川県のゴルフコースの中でも会員券は高めになっています。

2016-11-12 03:57:59

相模原ゴルフクラブの歴史

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相模原ゴルフ倶楽部の歴史は日本の歴史と一緒に進んできました。

1955年に戦後に始まったゴルフブームに合わせて相模原にゴルフ場が誕生しました。ゴルフ倶楽部の創設には高石眞五郎氏が関わっており、クラブの経営にも携わってきました。

1980年代になるとオイルショックをむかえて不景気な状況にもなりましたが好業績で活動を進めていきました。この頃からゴルフ場に対しての環境への配慮が求められるようになりました。

相模原という住宅地にゴルフ場がある為、特に環境や地域社会への貢献が必要な状況になりました。1990年代になるとバブルが崩壊しゴルフ経営にもスリム化が求められるようになりましたが、そういった状況にも適応するように変化していきました。

現在では日本オープン選手競技が3回も行われるくらい歴史のあるゴルフ場になっています。

高石眞五郎の経営

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相模原ゴルフクラブを語る上で高石眞五郎氏の存在は重要になります。

高石眞五郎は晩年はオリンピックの誘致にも活躍したスポーツ界の重鎮です。もともとは毎日新聞社の記者として活躍をしていましたが1902年に支援を受けてイギリスに留学をした所から世界的な活躍がスタートします。

海外で生活をしていく中で特派員として海外で活躍するようになり、世界的なスクープも残すようになり記者としてのキャリアを重ねていきました。

海外での生活が多かった為、ゴルフをプライベートでも楽しんでいたため、日本に帰ってからもゴルフ場の経営などに注力しました。

相模原ゴルフ倶楽部は経営者として参加しましたが、日本全国の複数のゴルフ場に関わったことでも有名です。現在でも歴史あるゴルフ場のいくつかは高石氏が関わったゴルフ場が残っています。

ちなみに晩年には東京オリンピック、札幌の冬季オリンピックの誘致に貢献した事でも有名です。

高石氏が関わったゴルフ場

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相模原ゴルフクラブの経営には高石氏が関わっていたことは有名ですが、他にも理事として関わっていたゴルフクラブが多くあり現在でも多数残っています。

特に都心のゴルフコースで参加していた所が多く、小金井カントリー倶楽部、桜ヶ丘カントリークラブ、多摩カントリークラブ、東京よみうりカントリークラブ、府中カントリークラブなどがあります。

どのゴルフクラブも歴史があるゴルフコースとして有名ですが、会員券が高いことでも有名です。相模原ゴルフ倶楽部も神奈川県のゴルフコースの中では桁が一つ違うくらい会員券が高いです。

どのゴルフクラブもバブル崩壊によって一時期よりも会員券の金額は低めになりましたが、現在でも高額の金額になっています。ちなみに小金井カントリー倶楽部は会員の移動を制限している理由もありますが、新入会員の正会員は1200万円の入会金が必要になっています。

相模原ゴルフ倶楽部のコース

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相模原ゴルフクラブは都内からも手軽に行ける距離ですが、住宅地の中に自然がある大きなゴルフ場になっています。

コースは東コースと西コースがあり、それぞれ全18ホールになっています。東コースの設計には学生ゴルフの第一人者である小寺氏が関わり、西コースの設計には村上義一氏が関わっています。

日本オープン選手権が男女ともに開催された実績があり、プロのツアーも開催されるほどコースとしては魅力的な場所です。東コース12番コースは660ヤードありロングコースとしても有名です。

コース内は都心とは思えないほど自然が豊かで、都心から瞬間移動したような気分になります。ただコースは住宅地に隣接しているので大きなネットがあるのは都心のゴルフ場であることを感じさせるところではあります。

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